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徳川慶喜(一橋慶喜)

徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)は、日本最後の征夷大将軍、すなわち江戸幕府最後となった徳川15代将軍です。
水戸藩主・徳川斉昭の7男として生まれたため、藩主になれる可能性は低かったのですが、2歳で夭折し跡取りがいなかった御三卿・一橋家(10万石)を継ぎ、一橋慶喜(ひとつばし よしのぶ)となりました。
ペリー来航以来の難局を乗り切るため、老中・阿部正弘の推挙もあり、頭脳明晰な一橋慶喜を時期将軍に推す薩摩藩主・島津斉彬ら一橋派と、紀州藩主・徳川慶福を推す彦根藩主・井伊直弼ら紀州派で権力争いとなります。
しかし、阿部正弘・島津斉彬が相次いで亡くなったこともあり、大老に就任した井伊直弼は、次期14代将軍を徳川慶福(徳川家茂)と定めました。
反対した一橋派は登城禁止となり、一橋慶喜も謹慎処分となっています。
桜田門外の変で井伊直弼が暗殺されると、謹慎も解かれ、将軍・徳川家茂の後見(補佐)となります。
一橋慶喜は京に上ると天皇に接近し、攘夷の命を受けますが積極的に行動はせず、長州藩が禁門の変で朝敵となると、長州征伐を実行しましたが、失敗に終わります。
徳川家茂が大阪城で死去すると、徳川慶喜が15代将軍に就任し、フランス人のロッシュから意見を受けながら幕政改革に取り組みますがこれもうまく行きません。
薩長同盟にて倒幕に傾いた長州藩と薩摩藩が軍勢を京に送ると、徳川慶喜は二条城に諸侯を集めると大政奉還を行って徳川幕府260年に終止符をうち、政治の権限を朝廷に返上しました。
王政復古の政変で新政府が樹立されると、徳川慶喜は大坂城に入り、幕府軍を京に進めたため、鳥羽・伏見の戦いとなりました。
しかし、錦の御旗などを立てた新政府軍が優勢となると、わずかな供回りと大坂城から脱出し「開陽丸」にて海路、江戸城に戻っています。
その後、新政府軍が江戸に迫ると、恭順を示して上野・寛永寺にて自ら屏居しました。
西郷隆盛勝海舟の会談により江戸城無血開城となると、駿府城にて謹慎しています。
明治2年、謹慎は解かれますが、表舞台に出ることは無く、写真撮影などを趣味にして余生を過ごしました。
晩年は東京に住み、明治天皇から華族の最高位である公爵を親授しています。
徳川慶喜は、徳川将軍としては一番の長生きで、大正2年(1913年)に死去し最後を終えました。享年77。

徳川慶喜の名言・格言としては、鳥羽・伏見の戦いで発言した下記の言葉があります。

千兵が最後の一兵になろうとも決して退いてはならぬ

幕府軍は15000で、薩長ら新政府軍より兵力は優勢でした。
斯波伏見で負けても、大坂城で籠城すれば、また違っていたかも知れませんが、兵を残して江戸城に逃げています。

大河ドラマ・映画などで徳川慶喜を演じた俳優さん

※敬称略・順不同

本木雅弘「徳川慶喜」(1998年、NHK大河ドラマ)
今井朋彦「新選組!」(2004年、NHK大河ドラマ)
平岳大「篤姫」(2008年、NHK大河ドラマ)
田中哲司「龍馬伝」(2010年、NHK大河ドラマ)
小泉孝太郎「八重の桜」(2013年、NHK大河ドラマ)
森慎太郎「花燃ゆ」(2015年、NHK大河ドラマ)
松田翔太「西郷どん」(2018年、NHK大河ドラマ)

※他にもありましたら、コメント欄よりのお寄せ願えますと幸いです。

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