武将

伊達政宗

伊達政宗(だて-まさむね)は、戦国時代の大名で、父は米沢城主・伊達輝宗、母は山形城主・最上義守の娘である義姫となります。
幼少の頃に疱瘡(ほうそう)で右眼を失明していたことから、のち「独眼竜政宗」とも呼ばれます。
片目が見えず武将としての能力を心配されましたが、片倉小十郎などの世話を受けて優秀な若者に育ちます。
13際の時に、三春城主・田村清顕の娘である愛姫(12歳)を正室に迎え、15歳で初陣を果たしました。
1584年に父が隠居すると、18歳で家督を継ぎますが、父が取った周辺大名との婚姻政策ではなく、武力をもって勢力の拡大を開始します。
1585年には、小浜城主・大内定綱が寝返ると、小森山城を攻略しました。
畠山義継が和睦すると見せかけて、宮森城にいた父・伊達輝宗を人質に取ると、粟ノ巣の戦いとなり、鉄砲の一斉射撃で、父と畠山義継を一緒に殺害しました。
人取橋の戦で、伊達領を狙った佐竹義重ら連合軍に勝利し、二本松城を得ると領土拡大を目指して蘆名領へ武力侵攻を進めました。
蘆名義広を破ると黒川城に入り、陸奥・出羽の平定に成功しましたが、家督を継いで僅か5年と言う、かなりのスピードです。
しかし、豊臣秀吉の台頭の方が著しく、1590年、小田原攻めとなると、再々の要求に応じて小田原に参陣し、豊臣家に臣従しました。
その結果、遅参したことを咎められ、会津などは没収されて米沢城に移っています。
上洛した際には、派手な装いであったことから、その後「伊達者(だてもの)」と呼ぶ呼称も生まれました。
関ヶ原の戦では徳川家康に味方して、会津の上杉景勝と戦いました。
その功績で、仙台藩62万石となり、仙台城(青葉山城)を築城しています。
また、1613年には、支倉常長ら慶長遣欧使節をローマに派遣するなどしました。

大河ドラマ・映画などで伊達政宗を演じた俳優さん

※敬称略

渡辺謙『独眼竜政宗』(1987年、NHK大河ドラマ)
高橋英樹『独眼竜の野望!伊達政宗』(1993年、東映・ANB)
柴田恭兵『愛と野望の独眼竜 伊達政宗』(1995年、東映・TBS)
椎名桔平『臥竜の天〜伊達政宗・独眼竜と呼ばれた男〜』(2013年、BS-TBS)

※他にもたくさんあるかと存じますので、コメント欄よりのお寄せ願えますと幸いです。

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