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妙玖 (毛利元就の正室)

妙玖(みょうきゅう)は、安芸・小倉山城主である吉川国経と正室・高橋直信の娘との間に1499年に生まれ、戦国時代を生きた女性です。
本名は不明で、妙玖と言うのは、法名になります。
兄弟には、吉川元経、吉川経世らがいます。
輿入れの時期は諸説ありますが、1513年頃か、1517年頃に、安芸の多治比猿掛城主になっていた、毛利元就の正室になりました。
毛利元就との間には、最初に長女(名前不明)が誕生していますが、のち、高橋興光の人質(養女)として送られ、高橋氏を滅亡させた際に処刑されています。
毛利元就が家督を継いだ1523年には、嫡男・毛利隆元が生まれました。
1529年には、のち1534年に宍戸隆家と和解した際に正室になる次女・五龍局(五龍、五龍姫、五龍の方)が誕生しています。
更には、1530年には吉川元春、1533年には小早川隆景と、のち毛利家を支える優秀な武将を輩出しました。
政略結婚でしたが、2歳年上の毛利元就は妙玖の存命中に側室は儲けませんでした。

1546年、安芸・吉田郡山城にて47歳で病死しました。

妙玖が亡くなったあと、毛利元就が嫡男・毛利隆元に充てた書状では下記のように記しています。

いつも妙玖の事ばかり考えています。
一人になってしまい、内外の事は全て一人でしなければならない状態です。
隆元、元春、隆景のことは勿論、宍戸に嫁いだ娘にも、色々進言したいことがありますが、もう私も疲れ果ててしまい、根気も続かず、妙玖がいてくれたらなあと、思うばかりです。
本当に語り合える相手も居ないし、自分の胸に語りかけているような有様。
内は母親が治め、外は父親が治めると言いますが、本当にそのとおりです。
この書状は恥ずかしいので、読んだら、なるべく早く返却してください。

このように、妙玖は愛されており、また、良妻賢母だったようで毛利氏結束の象徴的な存在でした。

毛利元就は「母の死を悼んで、供養を怠らないように」と子らに命じ、吉田郡山城内に妙玖庵建てた供養したと言います。
現在、妙玖庵跡は確認できていますが、妙玖の墓は不明です。

なお、毛利隆元・吉川元春・小早川隆景も、父にならい側室は持っていません。

大河ドラマ・映画などで妙玖を演じた俳優さん

※敬称略

富田靖子「毛利元就」(1997年、NHK大河ドラマ)

※他にもたくさんあるかと存じますので、コメント欄よりのお寄せ願えますと幸いです。

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