武将

徳川家康

徳川家康(とくがわいえやす)は、戦国大名で、征夷大将軍となって江戸幕府を開いた戦国三英傑のひとりです。
今川義元に従っていた松平家の嫡男として岡崎城で産まれました。
人質として6歳で駿府(すんぷ)に送られましたが、臨済宗の僧・太原雪斎から教育を受け、優秀な武将へと育ちます。
元服すると今川家重臣である関口親永の娘・瀬名(築山殿)を正室に迎えています。
1560年、今川勢として桶狭間の戦いに出陣しましたが、織田信長の奇襲にて、今川義元が討死しました。
その混乱に乗じて岡崎城に入り、今川家から独立を果た、、松平元康と改名しています。
そして、織田信長と清洲同盟を結び、今川家に対抗し、また三河国を統一します。
徳川家康と名を変えると、1570年には、織田勢に協力した姉川の戦いで、浅井・朝倉の連合軍を撃破しています。
武田信玄と協力して今川家を滅亡に追い込み、遠江を支配しますが、1572年には、武田信玄に攻め込まれて、三方原の戦で大敗し、浜松城に逃げ帰っています。
しかし、武田信玄が没し、武田勝頼との長篠の戦いでは織田・徳川連合軍が大勝利を納めました。
1582年、織田家との甲斐攻めにて武田家を滅亡させ、駿河を手に入れました。
しかし、明智光秀の謀反による本能寺の変で織田信長が横死すると、大阪の堺から浜松城へ僅かな手勢と共に伊賀越えで戻ります。
そして、小田原城主・北条氏直と対立しますが、和睦を結ぶと、甲斐と信濃も領地と拡大し、大大名となりました。
豊臣秀吉が台頭してくると、織田信雄に協力する形で抵抗し、小牧・長久手の戦いで勝利しますが、織田信雄が豊臣秀吉に丸め込まれます。
その後、徳川家康は、豊臣秀吉から厚い待遇を受け、臣従するカタチとなり、1590年、小田原攻めのあと江戸城に移されますが、以後は豊臣家の五大老にも就任しました。
1598年、大坂城にて豊臣秀吉が死去すると、徳川家康は伏見城に入り、石田三成らと対立して行くようになります。
1600年、関ケ原の戦いで、石田三成らを駆逐すると、西軍に味方した諸大名を領地没収などにし、東軍に味方した大名らに所領を与えました。
そして、1603年、朝廷から征夷大将軍を任じられた徳川家康は、江戸幕府を開きます。
大坂城の豊臣秀頼ではなく、徳川家が次の将軍も世襲することを示します。
更には1614年、1615年と大坂の陣にて、豊臣家を滅亡させて、徳川家による統治を盤石なものにしました。
武家諸法度、禁中並公家諸法度を発布すると、徳川の天下を安泰としています。
1616年、駿府城にて死去した徳川家康は、日光東照宮などに葬られました。(享年73)

徳川家康の名言には「怒りを敵と思え」があります。
要するに、短絡的に怒ってしまっては、自分はもちろん、周りにも迷惑をかけるので、良いことにはならないと言う意味ですね。
私も、先に怒ってしまうのは、本当によくない事だと常々感じていますが、引き続き、肝に銘じて行きたいところです。

大河ドラマ・映画などで徳川家康を演じた主な俳優さん

※敬称略・順不同

津川雅彦『葵 徳川三代』(2000年、NHK大河ドラマ)
丹波哲郎『春日局』(1989年、NHK大河ドラマ)
山村聡『春の坂道』(1971年、NHL大河ドラマ)
松方弘樹『天地人』(2009年、NHK大河ドラマ)
松方弘樹『徳川家康』(1988年、TBS大型時代劇スペシャル)
松平健『徳川家康と三人の女』(2008年、テレビ朝日)
北大路欣也『江〜姫たちの戦国〜』(2011年、NHK大河ドラマ)
内野聖陽『真田丸』(2016年、NHK大河ドラマ)
役所広司『関ヶ原』(2017年公開映画・東宝)
阿部サダヲ『おんな城主 直虎』(2017年、NHK大河ドラマ)

※他にもありましたら、コメント欄よりのお寄せ願えますと幸いです。

(参考)

3分でわかる徳川家康とは~テスト対策にもなるポイント

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